
- 世界のエネルギー消費量は文明の発展につれて増加の一途をたどっている.19世紀にはいってからはエネルギー消費量が急激に増え,2008年ではおよそ0.53x1021J/年の割合になっている(J=ジュール).これに対して化石燃料の確認可採埋蔵量は石油 8.1x1021J, 天然ガス 7.7x1021J, 石炭 23x1021J 程度と見積もられている.2008年における年間化石燃料の消費量は 0.22x1021J/年であるので,確認可採埋蔵量は,そのおよそ88年分に過ぎない(第1.3節参照).化石燃料の中でも石炭は比較的豊富に存在しているが,石炭による生産エネルギー当たりの炭酸ガスの廃棄量が大きく,炭酸ガスによる地球温暖化の問題に対する対策が不可欠である.
エネルギー問題を考えるに際して,基礎となるエネルギーの物理を第1章に記述した.まず力学的エネルギーを基点としてエネルギーの概念を電磁気的エネルギー,熱エネルギー,化学エネルギ-,原子力エネルギー,核融合エネルギーへと広げていく.エネルギー資源の潜在的エネルギーを,目的に応じたエネルギーに効率よく変換して利用する.力学的エネルギーと電磁エネルギーとの間の変換効率は,原理的には1であるが,熱エネルギーから力学的エネルギーへ変換する効率は1以下である.次に各々のエネルギーの蓄積密度,資源量,需要などについて記述する.
第2章 エネルギーと環境 においては炭酸ガスによる温室効果について述べ,炭酸ガスの分離隔離,炭酸ガスの固定化について説明する.化石燃料に代わるものとして水素エネルギーの可能性について考察する.
第3章では現在電力の主力供給手段となっている熱機関の基礎(ランキン・サイクル,ブレイトン・サイクル)を説明する.
日本の電力会社9社の2008年における発電電気量(812x109kWh)の中で62%を占める化石燃料発電の効率化の進展について述べる.再熱再生サイクル発電,複合サイクル発電の開発により,発電効率は~59%(500Mの規模)に達している.
第4章では燃料を燃焼することなく,電気化学反応で直接発電できる燃料電池について解説する.燃料電池の開発は急速に進んでいて1kW程度の小規模で発電効率 45% の商品も市販されるようになってきた.また200kW 級の固体酸化物型燃料電池とガスタービンの複合サイクル発電で52%の発電効率が達成されている(4.6節).
第5章 再生(自然)エネルギー では水力発電,地熱発電,太陽光発電,太陽熱,光合成,風力発電等の現状について述べる.
太陽電池は小規模のものは装置が簡単である.地上における太陽光の放射照度は1.0kW/m2(入射方向に垂直な面)であり低密度であるが,零コストで送られてくるので,分散型電源に適している.太陽電池の発電効率は量産規模の結晶シリコン型で~18%, 低コストのアモルファスシリコン型でも~12%$程度のものが実用化されている(5.4節),
風力発電は,その発電コストが比較的低く,有力視されている(5.7節).日本では立地条件の制約から洋上風力発電が注目されている.
ウランU235は熱中性子を吸収して核分裂し,1原子当たり200MeVのエネルギーを放出する.このエネルギーは通常の化学反応の1分子(原子)当たりのエネルギーのおよそ106倍の大きさである.第6章 原子力エネルギー ではウランU235の核分裂連鎖反応による原子炉について述べる.原子炉を用いた原子力発電所の商用運転は,日本では1966年(昭和41年)から開始されている(アメリカでは1958年頃).2009年度実績で,日本の総発電電力量のおよそ21%を占めている.現在実用化されている熱中性子炉は,ウランの同位元素U-235の熱中性子による核分裂連鎖反応によるものであるが,この同位元素は天然ウランのわずか0.7%を占めるにすぎない.したがって確認ウラン埋蔵量から得られるエネルギー資源はおよそ2.44x1021J 程度と見積もられている.
高速増殖炉はU-235の核分裂によってエネルギーを発生させながら,同時に発生する高速中性子を燃えないU-238にぶつけて,燃えやすい新しい核燃料Pu-239に変換し,核燃料を増殖させていくタイプの原子炉である.日本では高速増殖原形炉「もんじゅ」が1994年4月に初臨界に達したが,事故により修理中である.「もんじゅ」の開発の位置付けについて検討が進められている.原子力エネルギーは反応過程そのものからは炭酸ガスは発生しない.しかし核分裂成生物の高レベル放射性廃棄物処理の対策が必要である.またプルトニウムの核拡散防止という問題を抱えている.
Three Mile Island, チェルノブイリ,福島における原子炉事故による深刻な放射能汚染が起きた.安全性を高めた第三世代の軽水炉の開発が進められている(6.4節).
第7章 核融合エネルギー では,重水素Dと三重水素Tとの核融合反応を利用した開発研究の現状を紹介し,その展望を述べる.重水素の割合は,水を構成する水素の0.015%(原子数で)であり,きわめて豊富に存在する.重水素と軽水素Hの分離はその質量比が2であることから比較的容易である.三重水素は半減期が12.3年でベータ崩壊し,天然には存在しない.豊富に存在するLiに,D-T核融合反応で出てくる中性子を照射して三重水素を増殖する.この場合核融合エネルギー資源量は,Li の確定資源量 9.9x106トンより 1870x 1021J 程度と算定される.
現在D-T核融合実験装置で達成された 核融合出Pfusとプラズマへの加熱入力 Phとの比 Q=Pfus/Ph は,アメリカのトカマクTFTRにより Q=0.27 の値が得られ(1994年),EU(ヨーロッパ連合)のJETにより Q=0.62 の値が得られた(1998年).また日本の JT-60U では D-Dプラズマではあるが,D-Tプラズマ換算でJETに相当するプラズマ炉心条件が実現されている.このような研究開発の進展を基盤にしてITER(International Tokamak Experimental Reactor)の工学的設計が主に日米欧ロの共同作業で進められ,フランスのキャダラッシ(Cadarache)で,2020年実験開始の予定で建設段階に入った.ITER装置の仕様,達成目的などを記述する.
エネルギーの開発研究は,それぞれの分野で解決すべき課題が山積しており,理学,工学の広い分野に関連している.この書を通してエネルギー開発研究の現状を知り,関心を深めてくださることを期待している.
エネルギーのサイエンス|宮本健郎|サイエンス・カルチャー出版